白羽の矢

エッセイ

慣用句の意味を調べて解説するWeb記事を書いていたことがあります。語源や由来を探り、例文を示し、類義語や反対語、英訳などを紹介する――そんな作業の繰り返しです。取り組むうちに気づいたのは、言葉の意味が時代とともに移り変わり、ときには本来と正反対の解釈で使われるようになること。言葉はまるで生き物のように姿を変えていくのだと実感しました。

たとえば「白羽の矢が立つ」。
私は長らく「大勢の中から幸運にも抜擢される」という前向きな意味だと思い込んでいました。実際、「撮影中に主演女優が負傷し、その代役として無名の新人に白羽の矢が立てられた」といった使われ方を耳にします。

しかし辞書を開いてみると、そこには次のように記されています。

(人身御供を求める神が、望む少女の家の屋根に白羽の矢を立てたという俗説から)

  1. 多くの中から犠牲者として選ばれる。
  2. 多くの中から特に指名される。また、狙いをつけられる。
    ――出典:精選版日本語大辞典「白羽の矢が立つ」

つまり「選ばれる」という点は共通していても、1は「犠牲者」、2は「抜擢」。同じ言葉とは思えないほど意味がかけ離れています。神に選ばれるという畏れや、白羽の矢が縁起物とされたことなどから、もともとの不運なニュアンスが次第に幸運へと転じていったと考えられているようです。

無名の新人が代役に抜擢されれば大きなチャンスに違いありません。成功すれば女優としての道が開けるでしょう。しかし、誰も引き受けたがらず仕方なく回ってきた役であれば、当人は「貧乏くじを引いた」と感じるかもしれません。結局「白羽の矢が立つ」ことがラッキーなのかアンラッキーなのかは、選ばれた人の受け止め方に左右されるのかもしれません。

新しい言葉に出会うこと、そして知っているつもりだった言葉に意外な側面を見つけることは、とても楽しい作業です。調べた知識はエッセイやシナリオ執筆にも役立ちます。ただし問題は、「あ、これ最近調べた言葉だ。意味は……なんだったっけ?」と、なかなか頭に定着してくれないこと。そこが唯一の悩みどころです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました